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千葉地方裁判所 昭和56年(行ウ)1号 判決 1987年11月09日

原告 中嶋拡子

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 三橋三郎

右同 宮本康昭

右同 田村徹

右同 田中三男

右同 山田由紀子

右同 山下洋一郎

右同 滝沢繁夫

被告 松井旭

<ほか四名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

右訴訟復代理人弁護士 石津廣司

右同 松崎勝

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立て

一  原告ら

1  被告松井旭、被告中嶋徳太郎、被告伊藤太兵衛及び被告近岡武男は連帯して被告千葉市に対し金三一九二万九六〇六円及びこれに対する昭和五五年三月三〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告千葉市は原告らに対し金三五〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被告ら

1  本案前の答弁

原告らの本件訴えをいずれも却下する。

2  本案に対する答弁

主文と同旨

第二主張

一  原告らの請求原因

1  原告らは、いずれも被告千葉市(以下「被告市」という。)の住民である。

被告松井旭(以下「被告松井」という。)は、昭和五二年以降千葉市長(以下「市長」という。)の職にあり、被告中嶋徳三郎(以下「被告中嶋」という。)は、昭和五五年三月二九日当時、千葉中央卸売市場長の職に、被告伊藤太兵衛(以下「被告伊藤」という。)は、右当時、被告市経済部長の職に、被告近岡武男(以下「被告近岡」という。)は、右当時、被告市助役の職にそれぞれあったものである。

2  千葉中央卸売市場は、従前千葉市問屋町に置かれていたが、手狭となったため、昭和四八年八月から千葉市高浜で新市場施設の建設が着手された。新市場の施設は昭和五四年三月に完成したが、入場する卸売業者との間で調整がつかず、同年一〇月、青果部門と水産部門のうち、まず青果部門のみ三社(千葉青果株式会社、株式会社京葉中央青果市場、千果千葉中央青果株式会社)を入場させた。

3  被告近岡は、昭和五五年三月二八日、被告市の収入役に対し、「千葉青果株式会社(以下「千葉青果」という。)に対して、中央卸売市場事業特別会計(以下「特別会計」という。)の目、節に係る予算流用措置により、入場交付金として一〇〇〇万円、補償金として二一九二万九六〇六円を支出すべきこと」を命令し、収入役をして同月二九日右金員を千葉青果に支払わせた(以下「本件支出」という。)。

4  本件支出は、以下に述べる理由によって、違法な支出というべきである。

(一) 入場交付金の違法性

(1) 法的根拠のない支出

入場交付金は、何ら法的根拠がないのに、支払われた。

監査結果及び被告らによると、入場交付金は補助金として支出したものであるというが、千葉市決裁規程(以下「決裁規程」という。)別表第一の3の(2)の(20)によれば、補助金支出は財政部長の専決事項とされているところ、本件では、助役の決裁でなされており、入場交付金は補助金として支出されたものではない。

(2) 予算外支出による違法

前記3記載のとおり、入場交付金の支出は、予算の流用措置によったものであるが、地方自治法(以下「法」という。)二一〇条によれば、「一会計年度における一切の収入及び支出は、すべてこれを歳入歳出予算に編入しなくてはならない。」と規定されており、その予算は款、項、目、節と区分されている。このうち、款、項については議会の議決を経なくてはならないが、目、節については、その内容を決定することが長に委ねられているとも解することができる。しかしながら、その流用は安易になされるべきではなく、予算成立時には予想しえない事情変更があり、予算の円滑迅速な執行のために必要であって、補正予算を組んで対処する時間がないといった事情があるときに限って許されるべきである。

本件にあっては、旧市場から新市場への移転が昭和五四年一〇月に完了し、千葉青果へ補償することの決定もその当時既になされていたのであるから、少なくとも、昭和五四年度の昭和五五年三月議会では入場交付金について予算措置を講ずることができたはずであり、仮にそれができなかったとしても、昭和五五年度の昭和五五年六月議会において補正予算を組むことが可能であった。かかる予算措置を講ずることなく、予算流用措置によってなされた入場交付金の支出は、違法な支出というべきである。

(3) 補助金支出の違法性

仮に入場交付金の支出が、補助金としての支出であるとしても、この支出は、被告市の行政施策に違反するとともに、法二三二条の二の規定による要件である公益上の必要性がない。

すなわち、被告らは、入場交付金は、新市場移転に当たっての経費の一部補助と、出荷団体の確保のための産地対策費として支出されたものであると主張するが、被告市は市の行政施策として、新市場入場に際しては、どの業者に対しても一切の補助はしないと明言していたから、これに違反して補助金を交付することは、被告市の行政施策に違反し、信義誠実の法理に悖るものである。

また、産地対策費といっても、その金額の決定に当たっては恣意的で、何ら合理的な説明がなされないなどその内容が不明確であり、補助金を交付したからといって、直接的に集荷の増加等の効果があるものでもないから、その目的を遂げることはできない。

それに、このような交付金は、出荷団体への接待費等不正な目的のために流用されるおそれもあるから、それを防止する手段を取るべきであるのに、本件では何らの対策も講じられていない。

そして、新市場は、旧市場と比較して設備が完備しており、入場する卸売業者が調達すべき備品等は机等の比較的安価な動産に限られており、しかも、被告市は千葉青果が新市場に入場する際には、別途引越費用を支出している。

したがって、補助金の支出に、被告らが主張するような公益上の必要性を認めることはできない。

仮に公益上の必要性があるとしても、新市場に同時に入場した千果千葉中央青果株式会社、株式会社京葉中央青果市場の二社にも平等に支払われるべきところ、右二社には支出しなかったのであるから、行政として極めて不公平かつ恣意的な運用で適法性が認められない。

(二) 補償金支出の違法性

被告市が補償金の対象としたものは、別表記載のとおりであるが、この補償金の支出には、以下に述べる違法がある。

(1) 行政施策違反

被告市は、新市場に入場する卸売業者に対して一切の補償等は行わないと明言していた。また、昭和五四年度当初予算はもとより同年九月の補正予算でも本件支出についての予算措置は取られていなかった。かかる状況のもとでは、千葉市民が本件支出のような無用な支出をしないであろうという期待を持つことも当然である。それなのに、かかる期待を裏切り、千葉青果に対して補償金を支出することは、被告市の行政施策に違反し、信義誠実の原則に悖る。

(2) 補償要件の不存在

補償金支出の根拠として、憲法二九条三項の規定が考えられるとしても、補償金の支出は、以下のとおり、この憲法の条項によるべき要件すなわち、「公権力の行使によって、私人に生ぜしめられた財産上の損失が、その財産権に内在する社会的制約の範囲を超えて、特定の者に特別の財産上の損失を与えた場合に必要となる正当な補償」を満たしていない。

(Ⅰ) 新市場の開設は、私人に対する公権力の行使ではない。

(Ⅱ) 本件補償の対象となったものは、新市場への移転に伴って千葉青果が使用し得なくなった附属設備等である。旧市場施設の利用関係は行政財産の使用許可であると解されるところ、千葉市公有財産規則(以下「公有財産規則」という。)二二条は、一号で、「行政財産の使用許可を取り消した場合に生じた損失について一切の補償をしないこと」、三号で、「市長の許可を得た場合のほか、使用財産を許可を受けた目的以外の使用に供したり使用財産の原形を変更してはならないこと」及び「市長の許可を受けて使用財産の原形を変更した場合には、必要に応じ、当該使用者に対して使用期間の終了又は許可取消しのときにおいて原形に復させることができること」、六号で、「使用者が使用財産を返還する場合において、当該使用財産に投じた改良、修繕その他の費用は、被告市に対して請求することができないこと」が規定されている。これを受けて、千葉市中央卸売市場業務規程(昭和四六年市条例第七一号。以下「業務規程」という。)六三条一項は、使用者が、市場施設に造作等の原状変更を加えることを原則として禁止している。例外として市長の承認を得て原状変更をする場合には、業務規程六三条二項によって、使用者は、返還の際に原状回復又は費用の弁償を覚悟しなくてはならない。そうすると、業務規程六三条一、二項、公有財産規則二二条一号、三号は、行政財産本来の目的を尊重し、使用者に対して、市場の移転というような被告市の都合による場合も含めて、市場施設を被告市に返還する場合には一切の補償が受けられないばかりか、原状回復義務若しくはこれに代わる費用の弁償を命ぜられうる内在的制約を伴うものであったと解すべきである。

したがって、かような内在的制約のもとに設置した附属設備については、公有財産規則が規定する使用許可取消しと同視できる行政側の都合によって施設の返還を求める場合であっても、その補償を求めることはできないというべきである。

(Ⅲ) また、千葉青果は、旧市場内での車庫の建築、事務所の改築等について市長の承認を得るに際し、何らの対価を支払ったことはなく、増してや承認されたことにより市場使用料を増額されたものでもないから、本件においては、使用許可を受けるに当たっての対価の支払はない。

(Ⅳ) 旧市場から新市場への移転が計画されたのは、旧市場建設後七年を経た昭和四三年ころからであり、昭和四八年から昭和四九年にはその計画が確定し、昭和五四年一〇月には計画が実行された。本件で補償の対象となっている建物その他の附属設備は、そのほとんどが新市場への移転計画が発表された後に設置されたものである。千葉青果は、これを知りながら、後記(3)のとおり、移転の際に補償を求めないことを被告市に約して、これらの設備を敢えて設置したものであり、また、千葉青果が旧市場の廃止によって失う設備のほとんどは、新市場において市の設備として完備されているのであるから、千葉青果に回復困難な実害を生じることはなく、これらの設備に補償金を支出することは許されない。

(3) 個々の補償について

補償の対象となった個々の設備をみると、後記のとおり、千葉青果がその使用を廃止していたもの、千葉青果の所有ではなかったもの、千葉青果が被告市に対して移転の際補償を求めない旨書面若しくは口頭で確約していたもの、既に被告市が千葉青果に設置費用として補助を与えていたもの及び移転との間に因果関係がないものに補償がなされており、適法な公金の支出とはいえない。

① 千葉青果がその使用を廃止していたもの

軽量鉄筋果実事務所(昭和五二年以降使用廃止)、給食室設備(昭和五四年八月以降使用廃止)

② 千葉青果の所有でなかったもの

ゴミ集積場、ゴミ焼却炉耐火レンガ、プレハブ 冷蔵庫

③ 千葉青果が被告市に対して移転の際補償を求めない旨書面若しくは口頭で確約していたもの

バナナ加工室機械、仲卸売場下屋、果実事務所間仕切、車庫、給食室設備、プレハブ冷蔵庫、電話移設料補償

④ 既に被告市が千葉青果に設置費用として補助を与えていたもの

仲卸売場下屋(昭和五四年三月末に被告市から一〇一六万四七〇〇円が交付されていた。)

⑤ 移転との間に因果関係がないもの

(ア) 工具、器具、備品及び機械

これらの動産のうち、石油ストーブ、クーラー、温風暖房器、分類機は完全に使用不可能なものであり、サイバー防犯器は故障していた。

これらの動産については、移転によりたとえ実際上不用となるものであっても、搬出可能である以上、千葉青果において任意に売却して自己の資産に組み入れれば足りるものである。仮に売却価格が簿価より低いものであったとしても、それは、もともと時価より高い額を簿価として計上していたためである。

(イ) 電算機リース解除補償

千葉青果が電算機リース契約を解除したのは、東京中央青果株式会社との業務提携のため同社の電算機と同機種のものにするためであったから、新市場入場に当たって必要なものではなかった。

被告らは、右解除補償の実質的性格が補助金であるというのであるが、補助金であるのであれば、決裁規程によって財政部長決裁で支出されるべきであり、また、予算中の「負担金補助及び交付金」の節から支出されるべきである。

しかるに、本件では、助役決裁により「補償補填及び賠償金」の節から支出されている。よって、その支出は、予算によらない違法な支出である。

(ウ) 備品修繕料補償

この支出は、新築の市場に移るのに古びた備品では美観を損うということでなされたが、このようなことが移転により通常生じる損害といえないことは明らかである。

(4) 手続違背

法九六条一項一二号によれば、「法律上その義務に属する損害賠償の額を定めること」は、議会の議決事項と定められている。損失補償につき、法令によって補償金額が一義的に確定されない場合の補償金額の決定についても、法九六条一項一二号に準じて議会の議決が必要と解すべきである。しかし、本件補償金の支出にはこのような手続が取られていない。これは法の解釈を誤った違法なものである。

(5) 仮に補償金の支出が違法でなかったとしても、補償金支出は、正常な取引価格を基準とするべきところ、本件にあっては千葉青果の資産台帳上の簿価を基準とし、これに減価売却資産の耐用年数等に関する大蔵省令による償却をした額を補償している。しかし、この金額は税法上損金経理をするための計算上算出された金額であって、正常な取引価格とはいえないから違法である。

5  本件支出の目的

被告市は、千葉中央卸売市場の開設者であるとともに、千葉青果の株主である。

千葉青果の経営状況は、昭和五二年度(一七期、昭和五二年四月一日から昭和五三年三月三一日までの期間)から昭和五四年度(一九期、昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの期間)にかけて毎年三〇〇〇万円から五〇〇〇万円強の営業損失を生じていた。そして、昭和五四年九月期には純資産額が六六四万円となり、市場法一九条、農林省告示「卸売業者の純資産基準額」の基準額である二二〇〇万円を下回る状況にあった。これは、農林水産大臣による業務の全部又は一部の訂正若しくは許可の取消しがありうる重大な事態であった。

このため、農林水産省(以下「農水省」という。)は、被告市に対して、千葉青果の経営改善について指導し、その結果、昭和五五年二月には四〇〇〇万円の増資と遊休不動産の売却(売却利益三二一九万二八六九円)とがなされたが、それでも純資産額はマイナス八八万四五三六円であった。農水省は、昭和五五年三月一七日、市長に対して、千葉青果の前記純資産基準額を可及的速やかに確保するよう特段の指導、監督をなすことを指導した。

かかる状況と千葉青果の決算期が昭和五五年三月三一日であったこと、本件支出が同月二九日に行われ、その結果、千葉青果の純資産額が三一〇四万五〇六四円となったこととを考えると、本件支出は千葉青果の赤字経営を隠蔽し、被告市の監督責任を免れるために行われたものであることが明らかである。

6  被告らの責任

(一) 被告松井

被告松井は、本件支出に係る金員の贈与を千葉青果に対して申し込み、千葉青果は、この申込みを承諾した。このため被告市は、本件支出に係る金員の支払義務を負うこととなった。被告松井は、この支出負担行為が法令の規定に違反していることを知りながら、若しくは、知るべき立場にありながら、敢えてこれを行った。したがって、被告松井は、法二四三条の二第一項後段の規定により、被告市に与えた損害を賠償すべき責任がある。

また、被告松井は、決裁規程により、支出命令の専決者となっている助役に対する指揮監督の責任を負っていたのに、その責任を果たさず、助役の本件支出を放置した。したがって、被告松井は、被告市に対し民法上の債務不履行責任若しくは不法行為に基づく損害賠償の責任を負うべきである。

(二) 被告近岡

被告近岡は、法二四三条の二第一項後段及び決裁規程によって、本件支出の支出命令権限を有していたところ、本件各支出命令が違法であることを知りながら、若しくは、本件各支出命令を抑止すべき立場にありながら、違法な本件各支出命令をなし、被告市に対して損害を与えた。

また、被告近岡は、本件支出の原因となった支出負担行為について、被告松井と共謀して、被告松井にその意思決定をさせた。したがって、被告近岡は、被告市に対し民法上の損害賠償責任を負う。

更に、被告近岡は、入場交付金について助役として支出命令を行う権限がなかったことを知っていたか、若しくは十分な注意を払ってこれを知るべきであったのに、これを怠って支出命令をなし、入場交付金と同額の損害を被告市に与えた。

(三) 被告伊藤、同中嶋

被告伊藤、同中嶋の両名は、本件支出が違法であることを知り、若しくは十分な注意を払ってこれを知るべきであったのに、これを怠り、むしろ積極的に被告松井に働きかけて、本件支出をさせたものであって、これにより被告市に本件支出と同額の損害を被らせた。したがって、被告伊藤、同中嶋の両名は、被告市に対して民法上の損害賠償の責任を負う。

7  被告市は、本件支出と同額の損害を被っている

8  原告らは、法二四二条に基づき千葉市監査委員に対して監査請求をしたところ、同監査委員は、昭和五五年一二月二六日、原告らに対して本件支出は違法不当な公金の支出とは認められないとの監査結果を通知した。

9  原告らは、被告市の被った損害を放置することができないので、原告代理人らに委任して本訴を提起するに至ったものであるが、原告代理人らに本訴の手数料及び報酬として三五〇万円を支払うことを約束した。

10  よって、原告らは、法二四二条の二第一項四号に基づき被告市に代位して本件支出による損害賠償として、被告松井、同中嶋、同伊藤、同近岡に対し、連帯して三一九二万九六〇六円及びこれに対する昭和五五年三月三〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を被告市に支払うことを求め、被告市に対し、法二四二条の二第七項により弁護士費用として三五〇万円を原告らに支払うことを求める。

二  被告らの本案前の主張及びこれに対する原告らの反論

1  被告らの本案前の主張

(一) 法二四三条の二第九項によれば、職員の地方公共団体に対する損害賠償責任については、民法の規定が適用されないのであるから、仮に原告ら主張のように違法な公金の支出が被告らの共謀によってなされたとしても、民法七一九条の適用はなく、不真正連帯債務は成立しない。原告らは、被告らの共謀を主張するについて、被告各人ごとに損害賠償の金額を主張、請求すべきものであるが、本件において原告らは、不真正連帯債務の成立を前提にした請求をしており、これは、法律の規定に基づかない不適法な請求というべきである。

(二) 法二四二条の二第一項四号の規定にいう「当該職員」とは、地方公共団体が被った損害の発生原因となった違法な支出行為を行った職員を意味する。同号にいう当該職員について、当該地方公共団体で内部委任があったときは、委任によって委任庁は権限を失い、受任庁のみが権限を行使することとなるので、当該処理事務について実質的に権限を行使した受任専決者が責めに任ずべきである。

本件において、原告らは、法二四三条の二第一項後段二号所定の法二三二条の四第一項の命令(支出命令)をする職務を担任する職員の公金支出の違法を主張するが、被告市にあっては、法一五三条の規定に基づき決裁規程によって、五〇〇万円を超える支出命令を決裁する権限は市長から助役である被告近岡に委任されている。したがって、本件にあって支出命令をする権限を有する職員とは被告近岡に限られ、その余の被告らは、法二四二条の二第一項四号にいう当該職員ではないから、被告適格を有しない。

原告らは、昭和五六年三月三一日付け求釈明回答書二1において、被告市を除くその余の被告らに対する損害賠償請求の実体法上の根拠として、法二四三条の二第一項後段二号によると明言しておきながら、昭和六〇年一〇月一日付け準備書面においては、同項後段一号、民法上の債務不履行、不法行為を主張しているが、この主張は、時機に遅れた攻撃防御方法であり、失当というべきである。

原告らは、被告松井の被告近岡に対する指揮監督権限の過怠による損害賠償請求権の代位行使を主張するけれども、このような指揮監督権限の行使は、法二四二条所定の財務会計上の行為に該当しないから、法二四二条の二第一項四号の代位請求の対象とすることはできない。

また、法の立法趣旨からすると、違法な公金支出についての住民訴訟の相手方となるのは、その支出等を担当した職員のうちの最高責任者に限られるべきであって、法二四三条の二第一項所定の職員等を補助する職員については、相手方になりえないと解すべきである。したがって、被告近岡の、本件支出に関する被告松井の支出負担行為に対する事務上の補佐、被告伊藤、同中嶋の、本件支出に関する支出命令若しくは支出負担行為に対する事務上の補佐については、住民訴訟の対象たりたえない。

2  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

(一) 被告らが市長から助役への権限の委任の根拠としている決裁規程は、その五条で、「市長は、助役に五〇〇万円を超えるものの支出命令につき、専決させることができる」と規定しているのであって、これは、当該事務処理の内部的意思決定者を定めたにすぎないものであり、支出命令権限そのものを助役ら補助者に委任する規定ではない。

(二) 被告らは、住民訴訟上の損害賠償に関しては、民法の適用がないと主張しているが、法二四三条の二に定める以外の原因による損害賠償については、民法の規定に従うべきである。原告らは、本訴において、民法の規定の適用も主張しているのであるから、原告らの本訴請求はなんら不適法なものではない。

三  請求原因に対する被告らの答弁

1  1、2、3の各事実をいずれも認める。

2  4(一)(1)は争う。

法二三二条の二によれば、普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合には、寄付又は補助をすることができるとされており、入場交付金の支出は、卸売業者が生産者からの集荷を増加するための補助金として支出されたものである。原告らが挙げる決裁規程別表第一の3の(2)の専決事項(20)の規定は、企業会計に関するもの、すなわち、一般会計から企業会計への補助金等の支出に係るものであり、企業会計とは地方公営企業法の適用される事業の会計であるが、同法二条は同法の適用対象事業を限定しているところ、本件の中央卸売市場業務は同法二条所定の事業に該当せず、また、これに同法を適用する旨の条例も被告市では制定されていない。したがって、中央卸売市場業務に関する補助金支出に、原告ら主張の財政部長の専決事項が適用される余地はない。

決裁規程別表第一の3の(2)の専決事項(3)によれば、五〇〇万円を超えるものの支出命令については、工事費等を除き助役専決とされているから、補助金たる入場交付金の支出は助役専決によってなされた。

3  4(一)(2)の事実のうち、入場交付金の支出が予算流用措置でなされたことは認め、その余の主張を争う。

原告らは、昭和五六年三月三一日付け求釈明回答書二2において、入場交付金の支出について訴状請求原因四2で主張した予算措置を講じなかったことは違法事由として主張しないことを明言したにもかかわらず、審理終結段階の昭和六〇年一〇月一日付け準備書面で、入場交付金の支出が予算流用によりなされた点が違法であると主張しているが、かかる主張は、明らかに時機に遅れた攻撃防御方法であり、また、訴訟上の信義則に反して失当である。

また、本件支出につきなされた予算流用措置は、同一の款、項の中の目、節間の流用であるが、議会の予算議決の対象となるのは款、項のみであり、項の中で各目間の流用は可能である(法二二〇条二項)。目、節の区分は長が行う執行科目にすぎないのであり(法二一六条、同法施行令一五〇条三項)、同一の款、項の中の目、節間においては、執行の必要がある限り長の裁量において自由に流用を行いうる。本件の入場交付金及び補償金は、昭和五四年度特別会計予算のうち「市場事業費」(款)、「市場管理費」(項)、「事業費」(目)の中の「委託料」及び「使用料及び賃借料」(節)を「負担金補助及び交付金」及び「補償補填及び賠償金」(節)に流用して支出されたものであって、もとより適法な流用である(千葉市予算会計規則一四条)。

4  4一(3)の事実うち、新市場が旧市場と比較して設備が完備していることを認め、その余の事実を否認し、その主張を争う。

法二三二条の二に規定されている公益上の必要性の判断については、その判断につき著しい不公正若しくは法令違背が伴わない限り、当該地方公共団体の判断を尊重すべきである。

法二条三項一七号、同項一一号の規定により、地方公共団体は、消費者の保護を行い、市場の経営その他公共の福祉を増進するために適当な収益事業を行う。中央卸売市場及び地方卸売市場は、この事業を行うための市場であって、地方公共団体は、これらの卸売市場を設置、経営し、中央卸売市場においては農林水産大臣の許可を受けた卸売業者をして、卸売業務をさせることにより、野菜、果実、魚類等を全国から集荷し、これを仲買人、小売商の手を経て消費者に供給する。したがって、市場の経営は公益性を有するものであり、卸売業者の活動は、直接消費者の保護に寄与するものである。このため、一般に、地方公共団体が卸売業者に対して補助をすることには、公益上の必要性があるというべきである。

新市場は、被告市の急激な人口の増加に伴い、急増した消費者に対し、豊富な生産物の供給を確保するために開設されたものである。新市場における豊富な出荷を確保するためには、卸売業者が活発な集荷をする必要があり、そのためには、卸売業者が生産地に出向いて出荷の要請、勧誘を重ねることが必要不可欠である。入場交付金の支出は、この産地対策経費の補助として交付されたものであるから、その目的の公益性、有用性は明らかである。また、入場交付金の支出は、過去の実績を調査した上でなされており、推定必要経費の一部を補助したものであるから、流用の危険性もない。

本件産地対策費の額は、新市場開設後三年間を対象期間とし、千葉青果の最近三か月間の産地対策経費を基礎として決定された。

また、被告市が市場移転に際して一切の補償を行わないとの行政施策を明言した事実はない。すなわち、被告市の経済部では、昭和五一年ころから市場移転に伴う補償問題を検討したが、昭和五四年九月上旬ころには、「①営業補償はしない。②廃棄損補償はする。③産地対策費の補助は一定の範囲でする。④移転経費の補助はする。」との基本方針を内部決定し、昭和五五年一月末ころには、市長、助役の了承を受けた。したがって、入場交付金の支出が被告市の行政施策に違反してなされたということはない。

普通地方公共団体の行政施策は、公益目的実現のため、当該公共団体をとりまく具体的状況を基礎として当該公共団体の長あるいは権限を有する職員の自由な裁量において決定されるものである。したがって、一旦決定された行政施策であっても、その後公益目的実現のため必要であると判断されれば、これと異なる行政上の措置を取ることは何ら差し支えないから、原告ら主張の行政施策違反が信義則違反となる余地はない。

原告らは、また、千葉青果のみに補償金等を支出したのは行政として不公平かつ恣意的であると主張するが、住民訴訟上の違法は、普通地方公共団体の職員が当該公共団体に対して負担する義務に違反する場合をいうのであって、関係業者を平等に扱うべきであるとする義務は、当該業者に対する義務であるから、住民訴訟上の違法事由には該当しない。

本件においては、新市場に入場した業者にも必要に応じて補助金を交付することを決定していたのであるから、業者を不平等に取り扱ったということもない。千葉青果を除く二社への補助の時期が遅れたのは、この二社が新規入場業者で、産地対策費の補助を同時に提示すると、その交渉が難航すると予測されたからである。

5  4(二)冒頭の、被告市が補償金の対象とした物件が原告主張のとおりであることは認める。

6  4(二)(1)のうち、昭和五四年度予算において、本件支出についての予算措置が取られていなかったことは認めるが、その余は否認し、争う。

原告らの主張する行政施策違反についての反論は、前記4記載のとおりである。なお、被告市と千葉青果との間で補償等の具体的金額について話し合いがつき、具体的な補償金等の支出が決定されたのは、昭和五五年二月であり、昭和五四年度予算議決の段階では具体的な補償金等の額は決まっておらず、予算措置が講じられていなかったに過ぎないもので、被告市が市場移転に関連して一切の補償金等の支出をしないことを決定していたために予算措置をしなかったのではない。

7  4(二)(2)は争う。

普通地方公共団体が私人に受忍限度を超える損失を与えた場合には、たとえそれが適法行為であっても、公平の原則に照らして、いわゆる損失補償として補償義務が生じるものである。

すなわち、旧市場を新市場に移転するについて、被告市は、昭和五四年三月一五日条例第一六号で千葉市中央卸売市場設置条例二条所定の中央卸売市場の位置を改正し、昭和五四年三月一五日条例第一七号で業務規程二条所定の市場の位置・面積を改正し、昭和五四年一〇月五日、卸売市場法一一条の規定に基づき、千葉市中央卸売市場(青果部)の位置、面積変更について農林水産大臣の許可を申請し、同月二七日その認可を得、これによって、旧市場を廃止し、新市場に移転することにした。

千葉青果は、被告市から旧市場の市場施設使用許可を得て、旧市場において卸売業務を営んでいたが、被告市による新市場移転施策とこれに基づく新市場使用許可によって、旧市場の使用許可が自動的に失効し、卸売業務継続のためには、新市場への移転を余儀なくされた。

被告市の前記市場の移転は、法令に基づく適法なものであるが、このような一般的な公益上の理由によって、千葉青果が旧市場において資本投下した設備等を廃棄せざるを得ないというような客観的損失を受けたときは、その損失は明らかに受忍限度を超えており、これを補償するのは被告市の法的義務である。

原告らは、業務規程六三条二項を根拠に、千葉青果が旧市場の設置許可を受けるに際して、旧市場の使用資格を失ったときには旧市場に設置した諸設備を原状回復するべきであったから、本件支出により補償すべきではなかったと主張するけれども、被告市は、旧市場施設の原状変更承認をなすに当たり、定型的な様式として業務規程六三条二項を許可条件として付してはいるものの、特に新市場移転に際して千葉青果に原状回復を約束させたことはない。

また、業務規程六三条二項は市場の存続を前提とする規定であって、本件のように旧市場を廃止して新市場に移転する場合には適用がない。更にこの規定は法令に優先する効力を有するものではなく、その性質は被告市の行政執行のための定めであり、訓示規定にすぎないのであるから、被告市が損失補償をすべきであるとの義務に優先してまで適用される規定ではない。そして、業務規程六三条二項の原状回復義務を許可条件とした場合でも、当該業者の資格喪失事由の理由の如何を問わず、一切設置物の補償をしないというものではない。行政財産の目的外使用許可を当該行政財産の本来の目的に供するため取り消す場合においてすら、国有財産法二四条、一九条により損失補償を要するとされているのであるから、本件のように、市場施設を卸売業者に市場業務という本来の設置目的のため使用許可している場合にこれを取り消すには、当然損失補償を要するのである。したがって、業務規程六三条二項は、業者の責めに帰すべき事由により使用資格を喪失した場合に限って原状回復義務を課した規定であると限定的に解されなければならず、本件のように被告市の一方的な行政上の都合によって使用資格を喪失させた場合には適用がない。

原告らはまた、補償金不要の根拠として公有財産規則を援用しているが、この規定は、その文言からも明らかなように行政財産の目的外使用許可に関する規定であり、市場施設を卸売業務という本来の目的に使用許可している場合に適用されるものではない。

仮に原告ら主張のとおり公有財産規則の適用があるとしても、右規則は、行政財産の目的外使用許可について一切の補償をしない等の条件を付しうるとしているのであって、条件が付されている否かを問わず補償不要としているわけではない。したがって、公有財産規則を根拠にして補償を拒否することはできない。

3 4(二)(3)の事実のうち、千葉青果が昭和五四年八月以降給食を一時中止していたことは認めるが、その余は否認し、争う。

被告市は、千葉青果が旧市場に設置した設備、備品のうちで新市場への移転によって使用不能となるもの、物理的、経費的にみて移転不能なものを廃棄損の対象としたものである。

4(二)(3)①のうち、軽量鉄骨果実事務所は、千葉青果が新市場に移転するまでの間、ロッカー置場、商品保管場所等に使用していた。また、千葉青果が昭和五四年八月に給食を一時中止した後も、給食室設備は千葉青果職員の自炊のために使用されていた。これらは、市場を移転するには除却、解体するほかなく、結局再使用不能のため廃棄損の対象となった。

4(二)(3)②は、いずれも千葉青果の所有物であり、資産台帳に記載されている。このうち、ゴミ集積場、ゴミ焼却炉耐火レンガは、旧市場の土地上に固定的に設置されていたものであり、物理的に移転不能として廃棄損の対象となった。プレハブ冷蔵庫は、移転経費が簿価以上となるため廃棄損の対象となった。

4(二)(3)③のうち、車庫、バナナ加工室機械について、千葉青果が新市場に移転するとき、これらの物件を撤去して現状に復する旨の文書を被告市に差し入れたことはない。これらの物件は、新市場への移転不能、移転により使用不能として廃棄損の対象となった。

4(二)(3)④うち、被告市が昭和五四年三月末に千葉青果に交付金として一〇一六万四七〇〇円を支出したことは認めるが、この交付金は、仲卸売場建設に対するものである。仲卸売場下屋はその後に築造されたもので、この建設費は右交付金に含まれていない。

4(二)(3)⑤(ア)に原告らが主張する石油ストーブ、クーラー、温風暖房器、分類機、サイバー防犯器は、いずれも使用可能な物件であった。これらの物件は、いずれも移転により使用不能となるため、廃棄損の対象となった。

同(イ)電算機リース解除補償については、補償という名が付いているけれども、その実質的性格は補助である。すなわち、千葉青果が従来使用していた電算機の機種は、オンライン使用のできないものであったため、産地団体から、オンライン方式を導入するよう強い要請があり、新市場移転と同時に従来の電算機リース契約を解除して、産地団体とのオンライン化を実施する必要に迫られた。そこで被告市は、産地対策の一環として新機種への変更の必要を認め、その経費の一部である旧機種電算機リース解約による違約金分について補助したものである。

したがって、電算機リース解除の補償は、集荷促進のために支出された補助金であり、公益上の必要性があることも明らかである。

また、その補償金が「負担金補助及び交付金」から支出されたのでなく、「補償補填及び賠償金」から支出されたのであったとしても、電算機補償については、新市場移転によってその必要が生じ、千葉青果が旧機種のリース解約料を支出せざるを得なかったという補償金としての側面も否定できなかったのであるから、形式上補償金として支出されても何ら差し支えないというべきである。

仮に形式上も「負担金補助及び交付金」の節から支出されるべきであったとしても、電算機リース解除補償の支出については、議会の議決対象たる「市場事業費」(款)、「市場管理費」(項)中に支出に必要な予算残が存していたのであり、更に、単なる執行科目にすぎない「事業費」(目)、「負担金補助及び交付金」(節)中にも支出に必要な予算が存していた。

「補償補填及び賠償金」と「負担金補助及び交付金」とは同一の款、項、目の中の節である。したがって、電算機リース解除補償金が「負担金補助及び交付金」の節から支出されるべきものであったとしても、議会の議決対象たる款、項はもとより、執行科目たる目、節にも必要な予算があったから、予算外支出には当たらない。

仮に違法な予算外支出に当たるとすれば、当該支出は無効となり、被告市は千葉青果に対して不当利得返還請求権を取得するのであるから被告市にはなんらの損害を生じていないというべきである。

同(ウ)備品修繕料補償は、千葉青果が旧市場で使用していた備品を新市場の売場に合うように改造するための費用を補償したものである。

電話移設料補償は、千葉青果が旧市場で使っていた電話を新市場に移設するに要した費用を補償したものである。

これらは、いずれも移転経費であり、損失補償の対象となる。

9  4(二)(4)は争う。

法九六条一項は、議会の権限を限定的に規定したものであって、いたずらな拡張解釈は許されない。損害賠償と損失補償とは法律上の性質を異にしており、後者は予算に計上されれば足りるものである。

10  4(二)(5)のうち、本件補償金支出が、千葉青果の資産台帳上の簿価を基準として、大蔵省令による償却をした額によりなされたことは認め、その余は争う。

被告市は、廃棄損補償の額を決定するに当たって、各物件の資産台帳上の取得価格、取得年月日を基礎として、大蔵省令によって定められている耐用年数表を使用し、不動産については定額法、その他の物件については定率法で減価償却して、新市場開設時の昭和五四年一〇月当時における簿価を算定し、これを補償額とした。

廃棄損補償の額を算定する方法としては、原告らが主張するように、市場取引価格を基礎として算定する方法も考えられるが、すべての物件に市場価格があるわけではなく、被告市の採用した簿価による補償の方式も合理的なものである。しかも、一般に取得価格を基礎として算定する簿価は市場取引価格よりも低額になるものであり、この点からしても簿価による算定の方法は妥当なものである。また、耐用年数を経過した物件については取得価格の一割を補償したが、この点も、資産の減価償却上、耐用年数を経過したものにつき取得価格の一割を簿価とすることは法令(減価償却資産の耐用年数等に関する省令五条一項)上許されているものであって、この額を補償額としたことについても、何ら違法な点はない。

11  5の事実のうち、被告市が千葉中央卸売市場の開設者であるとともに、千葉青果の株主であること、千葉青果は、経営状態が悪く赤字が続いており、昭和五四年九月三〇日当時において純資産割れを生じていた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

千葉青果は、昭和五四年九月三〇日当時において純資産割れを生じていたが、被告市は、この状態を農水省に報告し、同省の指導のもとに千葉青果に再建計画を立てさせた。この再建計画の内容は、昭和五五年三月段階では純資産割れの回復はできないが、同年九月には純資産割れを回復するというものであって、この再建計画については、昭和五五年二月中旬に農水省の了承も得て、同年三月には純資産割れに関する卸売市場法の適用の猶予について同省の承諾を得た。したがって、本件支出のなされた同年三月段階では、千葉青果の純資産割れの問題は決着しており、千葉青果の赤字の補填のために公金を支出する必要などなかったものである。

また、本件支出のうちで中心をなす廃棄損補償については、千葉青果の資産を簿価で補償したものであって、純資産の計算上では、資産総額に何の変動ももたらさないし、被告市は、千葉青果以外の業者にも新市場移転に際して、必要に応じて補償金等の支出をなしているのであるから、本件支出が、千葉青果の純資産割れを回復するためになされたものでないことは明らかである。

12  6は争う。

原告らの主張によれば、被告市を除くその余の被告らに対する実体法上の請求権は法二四三条の二であるというのであるから、被告市を除くその余の被告らには、本件支出行為に関与するに当たって、故意又は重大な過失がなければ損害賠償義務を負わないと解すべきである。

これを本件支出についてみるに、廃棄損補償を支出した点については、損失補償の要件、範囲をいかに解すべきかが行政法学上の難問であり、仮に廃棄損補償が不要であったとしても、これを必要と判断した被告らに故意又は重過失はない。また、廃棄損補償の額を決定するについても、市場管理係が対象物件を取り上げて、減価償却計算をして算出したものであり、これを決裁する上級管理職が各物件の償却率の適用や償却計算を再度見直すべき法的義務はないのであるから、仮に額の算定に誤りがあったとしても、被告らに重過失ありとすることはできない。

入場交付金と電算機リース解除補償(補助金)についても、支出の要件たる「公益上の必要性」については当該普通地方公共団体の裁量に委ねられているのであり、これらの支出については、前記のとおり「公益上の必要性」に該当すると判断すべき理由が存するのであって、仮にこの判断に誤りがあったとしても、被告らに重過失はない。

13  7は争う。

14  8は認める。

15  9は知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  被告らの本案前の主張について

1  不真正連帯債務の主張について

被告らは、原告らの請求が不真正連帯債務の成立を前提とした不適法なものであり、かつ、原告らが民法上の不法行為の主張をするのは、時機に遅れた攻撃防御方法の提出であると主張する。しかしながら、原告らの不法行為の主張の提出が仮に時機に遅れたものであるとしても、これがために、訴訟の完結を遅延せしむべきものであり、かつ、この点について原告らに故意又は重大な過失があったことについては、未だこれを認めることができないから、被告らのこの主張を採用することはできない。原告らは、被告市を除くその余の被告らに対しては法二四三条の二第二項、民法七〇九条、同法七一九条の規定を実体法上の請求権の根拠として、法二四二条の二第一項四号の規定に基づく代位請求訴訟を提起しているものであり、被告市に対しては法二四二条の二第七項を実体法上の請求権の根拠として本訴請求をしているものであるから、その請求に法律上の根拠がないとする被告らの主張は失当である。また、かかる請求をするに当たって原告らの主張がその要件事実を満たしているかどうか、その請求する債務が不真正連帯の関係にあるのかどうかは、原告らの請求の当否の問題であって、その請求の適格の問題ということはできない。

したがって、被告らの右主張は理由がない。

2  被告適格(被告市を除くその余の被告ら)の主張について

前記のとおり、原告らは、被告市を除くその余の被告らに対して、法二四二条の二第一項四号に基づき「当該職員」に対する損害賠償のいわゆる代位請求訴訟を提起しているものであるところ、右「当該職員」は、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味すると解するのが相当である。

本件においては、千葉青果に対する特別会計上の支出行為に関するものであるところ、地方公共団体の長は、法上、予算の調製、執行、会計の監督、財産の管理、処分、支出命令をなす権限を有する者であるから、本件支出当時、被告市の市長であった被告松井は、本件において、当該財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者であり、被告たりうるものである。

確かに、被告らがいうように、被告市にあっては、決裁規程により、五〇〇万円を超える支出命令を決裁する権限は市長から助役に委任されているが、かかる委任により、市長の本件訴訟の被告適格が失われるという被告らの主張は採用しない。

そして、千葉市助役事務分担規則(昭和五四年六月二〇日規則第二三号)によれば、本件支出当時助役であった被告近岡は、経済部に属する事務を担任させられており、《証拠省略》によれば、本件支出は被告市の経済部に属する事務であったと認められる。

また、本件支出は五〇〇万円を超えるので、決裁規程により、本件支出の支出命令決裁権限は、被告近岡に委任されていたから、被告近岡の被告適格にも欠けるところはない。

被告伊藤は、本件支出当時、被告市の経済部長、被告中嶋は、右当時、千葉中央卸売市場長の各地位にあった者で、いずれもその職責上、特別会計上の支出行為である本件支出に関し、その支出命令をなす権限を有する被告近岡を補佐していたのであるが、前記趣旨の「当該職員」に該当する者ということはできない。しかし、原告らは、被告伊藤及び被告中嶋に対しては被告市が有する、民法上の損害賠償責任を代位して訴求するというのであるから、被告伊藤及び被告中嶋も、怠る事実に係る相手方として被告適格に欠けるところがないものというべきである。

なお、被告らは、原告らがその主張する法律上の根拠を変更したことに関し、異議を唱えるが、原告らがいう法律上の根拠は、すべて、本件においては法律の適用に関し裁判所の判断事項であるので、弁論主義の適用のある攻撃防御方法とはいえない。それゆえ、被告らが述べる異議は失当である。

二  請求原因1、2、3、8の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

請求原因4の事実のうち、入場交付金の支出が予算流用の措置によってなされたこと、被告市が補償金の対象としたものは別表記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

三  本件支出に至る経緯

右争いのない事実及び《証拠省略》によれば以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  被告市は、生鮮食料品の安定した供給を図るため、昭和三六年七月、千葉市問屋町の五〇〇〇坪の敷地に千葉中央卸売市場(旧市場)を設置した。

旧市場は、昭和四三年ころから被告市の人口増加などの原因によって狭隘となり、その施設も老朽化してきたため、被告市は、そのころ、市場を移転することとし、同市経済部を中心として、千葉市中央卸売市場計画審議会を設置し、移転計画の基本的事項について検討を行った。昭和四五年には、旧市場の敷地が一万坪に拡張されたが、その後も移転計画の検討が続けられ、昭和四七年には、千葉市中央卸売市場建設準備事務局が設置され、農水省の指導を受けながら、昭和四八年から昭和四九年にかけて、千葉市高浜に敷地面積一九万平方メートルの新市場を建設し、これに卸売業者として青果部門二社、水産部門二社を入場させるという移転計画を確定した。この計画に基づいて、昭和五〇年には移転先土地の地盤改良工事が行われ、昭和五一年一〇月には建物建設工事が着手され、昭和五四年一〇月二〇日には新市場開場式が挙行され、同月二八日には千葉青果を含む青果部門の卸売業者三社が入場した。

2  当初の計画では、新市場に入場させる卸売業者は二社で、旧市場で卸売業務を営んでいた千葉青果と、従来千葉市内で地方卸売市場を開設していた千葉辰青果株式会社、千葉食品市場株式会社及び株式会社京葉中央青果市場の三社によって設立される新会社一社の予定であった。ところが、この新会社設立については、資本金、役員等の問題について右三社間に合意が成立せず、千葉辰青果株式会社と千葉食品市場株式会社とが設立した千果千葉中央青果株式会社と、株式会社京葉中央青果市場が同一商号をもって設立した株式会社京葉中央青果市場との二社が、千葉青果とともに新市場に入場することとなった。

3  被告市の経済部では、昭和五二年一月から二月にかけて、市場移転に伴う補償問題に備えるため、福井、富山、広島、静岡、栃木の各県の中央卸売市場へ職員を派遣して、補償事例の調査を行った。この結果、被告市は、新市場への移転に当たって、千葉青果に移転費用を支出することはやむをえないと考えたものの、その他の補償についてどのような態度をとるか、明確な決定はしていなかった。

4  千葉青果は、昭和五四年六月ころ被告市に対し、新市場への移転に当たって営業補償、産地対策費補助、廃棄損補償、移転補償をするよう正式に要求した。このため、被告市の経済部は、前記他県の事例なども参考として、「①営業補償については、新市場で営業を継続できるのであるから不要である。②産地対策費補助については、市民への安定供給を確保するために必要である。③廃棄損補償及び移転補償についても、補償することはやむをえない。」との基本方針を決定するに至り、市長、助役の了承を得たうえ、同年九月ころ千葉青果にこの基本方針を伝えた。

千果千葉中央青果株式会社と株式会社京葉中央青果市場からは、この当時補償の要求はなかったが、被告市は、右二社に対する補償についても検討をし、「右二社に対しては、産地対策費の補助はするが、新会社としての新規入場であるので、廃棄損補償はしない。」との基本方針を決定した。しかし、千葉青果と右二社とでは、既存卸売業者の移転と新規卸売業者の入場ということでその立場が異なるとの判断から、被告市は、千葉青果の補償問題の決着がついてから、前記二社との補償問題の交渉に入ることとした。

5  千葉青果は、営業補償をしないという被告市の基本方針に不満であり、被告市と千葉青果との間で新市場への移転後も継続して補償に関する交渉が行われた。被告市は、昭和五五年の一月末に前記基本方針に基づいて、千葉青果に対する具体的な補償金額を決定するに至った。すなわち、廃棄損補償については千葉青果の資産台帳に基づいて、千葉青果所有の資産のうち、物理的に移転不能な物件及び移転に多額の費用を要する物件について補償をすることとし、被告市の中央卸売市場管理係が補償対象物件を抽出して、これにつき大蔵省令に基づく資産の減価償却の方法により簿価を算出し、同中央卸売市場計画係が補償対象物件を確認の上、この価格を補償するという方法を採用した。電算機のリース契約解除補償については、リース会社による約定損害金の計算に依拠して金額を算出した。電話移設料補償については、日本電信電話公社からの資料に基づいて移転に要する費用を算出した。移転に伴う備品修繕料補償については、新市場への移転に対応して必要な費用を、千葉青果からの各種の資料に基づいて算出した。これらの金額の詳細は、別表記載のとおりであり、その合計額は、二一九二万九六〇六円となった。

6  また、被告市は、新市場開設が、急増する消費者に対応する施策であることに鑑み、新市場入場卸売業者の集荷対策に必要な費用を補助することとし、千葉青果提出の産地対策費に関する資料を参考に、必要経費を算出して、千葉青果に対し、一〇〇〇万円を入場交付金として支出することとした。

7  このように具体的な金額が確定したため、被告市は、市長(被告松井)及び助役(被告近岡)の了承を得た上、昭和五五年二月上旬、千葉青果に右金額を提示した。千葉青果は、この金額が低すぎるということで、なかなか了承しなかったが、同月末に右金額を了承した。

8  被告市は、決裁規程二条に、専決として、市長がその権限に属する特定の事務の処理について常時市長に代わって決裁させることを規定しており、同規程五条によれば、市長が決裁すべき事項のうちで特に重要なもの以外の事項については、助役が専決すべきこととなっている。そして、同規程別表第一によれば、歳入歳出予算の執行に関する事項のうち歳出予算の執行につき、助役の専決事項として、工事費等一定の事項を除き、五〇〇万円を超えるものの支出命令を助役の専決事項としている。また、千葉市助役事務分担規則によれば、経済部に属する事務は、助役の被告近岡がその事務を担任することとなっていた。そこで、助役の被告近岡は、千葉青果の昭和五五年三月二七日付け請求に基づいて、同月二八日、新市場への移転に伴う廃棄損外として二一九二万九六〇六円、入場交付金として一〇〇〇万円の各支出命令を出し、被告市の収入役は、同月二九日、右の各支出命令に係る各金員を千葉青果に支払った。

被告市は、本件支出について、昭和五四年度予算においては、被告市と千葉青果との間の補償についての交渉が未だまとまっていなかったために予算措置を講ずることができなかった。そこで、被告市は、廃棄損外の補償については、「市場事業費」(款)、「市場管理費」(項)、「事業費」(目)の中の「委託料」(節)及び「使用料及び賃借料」(節)を「補償補填及び賠償金」(節)に流用して支出し、入場交付金については、「市場事業費」(款)、「市場管理費」(項)、「事業費」(目)の中の「委託料」(節)を「負担金補助及び交付金」(節)に流用して支出した。

四  入場交付金について

原告らは、まず、入場交付金の支出が法的に根拠のない違法なものであると主張し、被告らは、入場交付金の支出が補助金としてなされたものであると主張するので、この点について検討する。

1  原告らは、決裁規程別表第一3(2)(20)を根拠として、入場交付金が補助金であるならば、財政部長の決裁でなされるべきものであるのに、本件では、助役決裁でなされているから、それは補助金でないと主張する。

ところで、決裁規程別表第一3(2)(20)は、企業会計に対する負担金、補助金及び出資金に係る支出負担行為及び支出命令について規定するものであるが、ここにいう企業会計とは、地方公営企業法の適用される事業の会計のことをいうのであり、同法二条では、同法の適用を受ける企業の範囲を限定しているところ、中央卸売市場は同法の適用を受ける企業に含まれていないのであるから、決裁規程別表第一3(2)(20)の規定が適用される余地はなく、助役決裁でなされているから補助金ではないとする原告らの主張は採用できない。

2  原告らは、入場交付金の支出について予算措置が講ぜられず、予算流用措置によってなされたことを違法であるとも主張する。

被告らは、原告らのこの主張が、時機に遅れた攻撃防御方法の提出であり、訴訟上の信義則に反すると主張する。

しかし、原告らのこの主張の提出が、仮に時機に遅れたものであるとしても、そのために訴訟の完結が遅延し、かつ、原告らに故意又は重大な過失があったとの点については、これを認めることができない。また、この主張の提出が訴訟上の信義則に反するということも認めるに足りないので原告らの右主張を却下すべきということはできない。

前記三8に認定のとおり、入場交付金の支出は予算の流用措置によってなされたものであるが、法二一〇条、二一一条、二一六条によれば、地方公共団体の一会計年度における収入支出は、すべてこれを歳入歳出予算に編入しなくてはならず、歳入歳出予算は、これを款、項に区分して、年度開始前に議会の議決を経なくてはならないことになっており、法二二〇条、地方自治法施行令一五〇条によれば、地方公共団体の長は、歳入歳出予算の各項を目、節に区分してこれを執行することとなっている。そうすると、予算の執行に当たって、歳入歳出予算の目、節をどのように区分するかは、地方公共団体の長の裁量に任されていると解すべきである。もっとも、目、節は議会が予算審議をするに当たっての重要な基礎資料であるから、その流用は、地方公共団体の長が、その裁量の範囲を逸脱したり、濫用するなどして議会の判断を誤らせるようなことがない限りにおいて許されていると解さなくてはならない。被告市は、前記三8に認定のとおり、歳出予算の執行のうち、五〇〇万円を超えるものの支出命令については、原則として助役の専決としているのであるから、助役による目、節間の流用による歳出予算の執行は、助役がその裁量の範囲を逸脱したり、濫用したりすることがなければ許されるものと解することができる。本件においては、前記三4の認定のとおり、昭和五四年度予算の予算措置の段階においては、被告市と千葉青果との間の交渉がまとまっていなかったので、当初予算には計上できなかったが、昭和五四年九月ころには、千葉青果に対し、具体的金額は決めていなかったものの、千葉青果の補償要求に対して何らかの補償をするとの意思を表示していたのであるから、この時点で、被告市の千葉青果に対する支出内示行為があったものとみることができる。そして、前記三7に認定のとおり、入場交付金の具体的な金額が決定されたのは昭和五五年二月であり、被告松井旭本人尋問の結果によれば、被告市は、昭和五四年度分の支出負担行為による公金の支出は当該年度中に支出するという方針で、予算流用の措置をとり、入場交付金を支出した事実を認めることができ、この間の経緯には、予算流用の措置により入場交付金の支出がなされたことに裁量の範囲の逸脱や濫用があったと認められるような事情は何ら存在しない。

3  前記三6ないし8に認定のとおり、入場交付金の支出は、豊富な生鮮食料品を消費者に供給するため卸売業者が活発な集荷を行うのに必要な産地対策費用の一部を補助するためになされたものであり、その支出科目は、「市場事業費」(款)、「市場管理費」(項)、「事業費」(目)、「負担金補助及び交付金」(節)としてなされた。被告らは、入場交付金が補助金であると主張するところ、補助金であるならば、法二三二条の二の規定により、公益上の必要があって、支出されたことが要件となるので、次にこれを検討する。

4  法二条三項一一号及び一七号の規定によれば、普通地方公共団体は、消費者の保護を図り、市場の経営その他の公共の福祉を増進するために適当と認められる収益事業を行うこととなっており、卸売市場法二条三項の規定によれば、中央卸売市場とは、生鮮食料品等の流通及び消費上特に重要な都市及びその周辺の地域における生鮮食料品等の円滑な流通を確保するための生鮮食料品等の卸売の中核的拠点となるとともに、当該地域外の広域にわたる生鮮食料品等の流通の改善にも資するものとして、農林水産大臣の許可を受けて開設される卸売市場をいう。同法八条の規定によれば、中央卸売市場は、都道府県又は政令で定める数以上の人口を有する市が、農林水産大臣の許可を受けて、これを開設することができる。また、同法一五条、一九条、二八条、三四条及び四八条等の各規定によれば、中央卸売市場において卸売の業務を行おうとする者(卸売業者)は、農林水産大臣の許可を受けなければならず、許可を受けた卸売業者は、中央卸売市場に入場後も農林水産大臣の定めた純資産額の維持や農林水産大臣への事業報告書の提出、売買取引における方法の規制あるいは開設者による監督を受けるなど様々の規制を受ける。同法がこのように中央卸売市場や卸売業者に対して農林水産大臣や開設者の監督規制の制度を設けているのは、中央卸売市場あるいは卸売業者が国民の消費生活等の安定に役立つという公益的色彩が強いからにほかならない。

そうすると、中央卸売市場における卸売業者は、その地方公共団体の住民を消費者として保護するために、産地から新鮮な野菜、果実、魚類等の生鮮食料品等を集荷し、仲買人、小売商の手を経て、これを消費者に安定して供給するという公的な責務を負っているといわなくてはならない。《証拠省略》によれば、生鮮食料品を市民に安定供給するためには、卸売業者が、全国各地の産地の出荷団体から、その産地の生産品の販売を委託するとの指定を受けることが必要となり、そのためには卸売業者が、その職員を全国各地に出張させて、産地の出荷団体に出荷の懇請をすることが必要であり、そのための旅費、日当が必要となる事実を認めることができる。また、《証拠省略》によれば、千葉青果の昭和五四年七月から一〇月にかけての産地対策旅費の合計額は、一七六万七〇二〇円であり、被告市は、これを基準として新市場への移転後三年間を補償の対象とし、移転後の経営の安定等経費の減額要素も考慮に入れて、前記一〇〇〇万円という金額を決めた事実を認めることができる。

したがって、産地対策費補助としてなされた入場交付金の支出は、被告市の公益上必要な補助金としての支出であったということができ、その金額の決定についても、原告らが主張するように恣意的なものであると評することができない。

5  原告らは、被告市が、市の行政施策として、新市場入場に際してはどの業者に対しても一切の補償はしないと明言していたから、これに違反して補助金を交付することは被告市の行政施策に違反し、信義誠実の原則に悖るものであると主張する。しかし、本件において、被告市が新市場入場に際してはどの業者に対しても一切の補償はしないと明言していたとの事実を認めるに足りる証拠はない。すなわち、証人田中信夫は、昭和五二年ころから、被告市の経済部長や市場長から一切の補償はしないと聞かされていたと証言するが、同証人は、また、被告市と田中とは、補償の問題については正式に話し合ったことがなく、右の話は市場内で接触しているときにたまたま話題として出てきたにすぎないものであるとも証言し、前記三3、4で認定したとおり、被告市として本件補償等の問題について正式に態度を決定したのは昭和五四年九月ころのことであるから、それ以前に経済部長や市場長が田中信夫に対して前記のような口吻をもらしたとしても、これは、何ら被告市の行政施策が決定したことに基づく発言とはいえない。そうすると、前記証人田中信夫の証言により、原告らの、主張する、被告市が新市場入場に際し、一切の補償をしないとの施策を取っていたとの事実を認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの前記主張はその余の点について検討するまでもなく、採用することができない。

6  原告らは、入場交付金のような金員は、不正な目的に流用されるおそれがあるから、これを防止する手段を取るべきであったとも主張する。前記4で認定したとおり、入場交付金は、卸売業者が、全国各地に出向いて産地の出荷団体に対して出荷の懇請をすることが必要であり、そのため卸売業者の職員に必要となる旅費、日当等を基準として算出されているところ、《証拠省略》によれば、その経費の中には産地の出荷関係者に対する接待費用も含まれることが認められ、これに反する証拠はない。しかし、このような接待費用に使用されることを把えて、不正目的に流用というのはにわかに肯認し難いし、増してや流用防止手段を講じないからといって直ちに違法な支出となるとの見解は到底採用することができない。

7  原告らは、新市場に入場した、千果千葉中央青果株式会社、株式会社京葉中央青果市場の二社にも、同時に入場交付金を支出させるべきであったのに、これを支出しなかったのは行政として不公平かつ恣意的な運用であるから適法性が認められないと主張する。しかし、前記三4で認定したとおり、被告市は、千葉青果に対すると同一の時期に、右二社へも産地対策費の補助をするとの決定をしていたというのであり、また、《証拠省略》によれば、被告市は、昭和五五年二月下旬には、前記二社への入場交付金を各五〇〇万円と定め、その支給も千葉青果と同一時期である昭和五五年三月末に行うことと決定し、その金額は、千葉青果の取扱高及び資本金の額と前記二社のそれらとを比較して定めていたが、前記二社がその金額が少ないことに不満を示し、また、受領手続等に若干混乱があったため、その支給が千葉青果と同時には行われなかった事実を認めることができる。この事実によれば、被告市が入場交付金を交付するに当たって、千葉青果と前記二社とを不公平に取り扱ったということはできず、原告らの主張は採用できない。

五  補償金について

1  原告らは、補償金(廃棄損補償、移転補償を含む。以下同じ。)の支出が被告市の行政施策に違反し、信義誠実の原則に悖るものであると主張するけれども、被告市が原告ら主張の行政施策を取っていたとの事実を認めることができないことについては前記四5に判示したとおりであり、昭和五四年度の予算に補償金の予算措置が講じられておらず、補償金の支出は目、節間の流用措置によって行われたが、それが支出命令権者の予算執行の権限を濫用しているとはいえないことについては前記三8に判示したとおりである。したがって、補償金の支出が被告市の行政施策に違反し、信義誠実の原則に悖るものであるとの原告らの主張は理由がない。

2  原告らは、補償金の支出について、補償の要件が欠けていたと主張する。

前記三1で認定した事実によれば、中央卸売市場の旧市場施設及び新市場施設は、いずれも被告市の行政財産に属するものであったと認めることができる。もっとも、その附属施設の一部に卸売業者の所有に属する物があったことは後記認定のとおりである。

その利用関係について、《証拠省略》によれば、被告市は、千葉青果に対して、昭和三六年七月ころ旧市場施設の使用許可をしたが、市場の移転に当たっては、新市場施設の使用許可をしたものの、旧市場施設の使用許可取消しの手続をとらなかった事実を認めることができる。

しかし、右の事実によれば、旧市場施設及び新市場施設の利用関係は、行政処分である使用許可に基づく公法上のものであるところ、被告市は、市場の移転という事情変更に基づく新市場施設の使用許可によって、千葉青果に対する旧市場施設の使用許可を黙示的に取り消したと認めるのが相当である。

国有財産法一九条、二四条の各規定によれば、国有の行政財産について使用許可を得た者は、その許可が所定の事由により取り消された場合、これによる損失の補償を求めることができる。このことに照らせば、被告市の行政財産の利用関係についても、右の規定を類推して適用するのが相当であり、旧市場施設の使用許可を得ていた千葉青果は、被告市に対して損失の補償を請求することができるものということができる。

したがって、補償金の支出について根拠がないという原告らの主張は採用できない。

3  原告らは、公有財産規則二二条、業務規程六三条を根拠に、千葉青果が旧市場施設を被告市に返還する場合には一切の補償を受けることができず、原告回復義務若しくはこれに代わる費用の弁償という内在的制約を伴っているから、被告市の都合によって施設を返還する場合でもその補償を求めることはできないとも主張する。

しかしながら、公有財産規則二二条は、その規定中の文言から明らかなように、行政財産の目的外使用の許可について規定したものであって、本件のように行政財産をその目的に沿って使用する場合には適用がないと解するのが相当である。また、業務規程六三条二項は、その条文の規定から見ても、任意規定であって、市場施設の存続を前提として、それまでの使用者が市場施設の返還をする際に後続の使用者が円滑に市場施設の使用を継続できるように定めた規定であると解するのが相当であり、本件のように市場の移転に伴い、旧市場施設の使用を廃止するような場合にも損失補償を不要とすることまで定めた規定であるとは解することができない。

4  また、原告らは、補償の対象となっている物件のほとんどが、新市場への移転計画が発表された後に、千葉青果がこれを知りながら設置した設備等であり、また、千葉青果が旧市場施設の廃止によって失う設備のほとんどは新市場において完備されているから、千葉青果に回復困難な実害を生ずることもなく、これらの設備等に補償金を支出することは許されないと主張する。

前記二によれば、被告市が補償の対象とした物件は別表記載のとおりであり、この事実と、《証拠省略》によれば、旧市場から新市場への移転が確定したのは昭和四八年から同四九年にかけてのことであり、その後も別表記載の各取得年月日のとおり、多くの物件が設置されているが、これらの物件は、千葉青果が日々の卸売業務の遂行に当たって特に必要なものを、被告市の許可を得た上で設置した事実を認めることがきる。

また、《証拠省略》によれば、これらの設置に際しては、被告市は、来るべき市場移転を指摘して難色を示したのに対し、千葉青果側のたっての希望で許可を得たこと、それゆえ、当時千葉青果の代表者であった田中としては、これらの物件は、市場移転時被告市から補償して貰えるどころか、千葉青果の費用でこれらを除却しなければならないと考えていたことが認められる。

しかしながら、右のような事情が存在したことにより、これらの物件に対する補償が直ちに不要となり、ひいてはその補償をなすことが違法となるということはできない。

また、原告らがいうように、新市場に被告市備付けの新しい設備が整っていることを理由に、旧市場に設置した千葉青果所有の設備に対する補償が全く不必要であるとも言い切れないのであって、これらをすべて否定する原告らの主張は採用できないところである。

5  個々の補償について

前記三5で認定した事実及び《証拠省略》によれば、被告市は、千葉青果の廃棄損補償額を算出するに当たって、中央卸売市場管理係が、千葉青果の資産台帳によって補償対象物件を抽出し、中央卸売市場計画係が、対象物件の存否、対象物件の使用可能性の有無等を調査の上、別表記載のとおりの物件を補償の対象としたこと、別表記載の取得年月日、取得価格及び耐用年数は千葉青果の資産台帳記載のとおりに従い、償却率、償却額及び残存価格については、管理係が減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年三月三一日蔵令第一五号)に従い、定率法(設備関係)を及び定額法(建物関係)を用いて、その残存価格を算出した事実を認めることができる。そこで、別表記載の各対象物件について検討する。

(一)  軽量鉄筋果実事務所、給食室設備について

原告らは、これらの物件が千葉青果において既に使用を廃止していたと主張する。

《証拠省略》によると、給食室設備については、昭和五四年八月ころ給食の賄婦が辞めたこともあって、給食は中止したが、その後、同年一〇月までは千葉青果の職員が自炊用に使用を継続していたこと、果実事務所については、千葉青果が同年一〇月ころまでバナナの入出庫を管理するために使用していた事実を認めることができ、右事実によれば原告らがいうように使用を廃止していたということはできない。

(二)  ゴミ集積場、ゴミ焼却炉耐火レンガ、プレハブ冷蔵庫について

原告らは、これらの物件が千葉青果の所有物でなかったと主張するが、前記認定のとおり、これらの物件は、千葉青果の資産台帳に記載されていたのであって、千葉青果の所有物であると推認するのが相当で、これを覆すに足りる事情はない。

(三)  バナナ加工室機械、仲卸売場下屋、果実事務所間仕切、車庫、給食室設備、プレハブ冷蔵庫、電話移設料補償について

原告らは、これらの物件について、千葉青果が被告市に対して移転の際に補償を求めない旨書面若しくは口頭で確約していたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。《証拠省略》によれば、右物件の建設設置の許可には、前記業務規程による原状回復の条件が付されていたことが認められるが、これらの条件は、前記3に判示したように市場施設を変更したものについては、市場を返還の際、原状に復するというに留まるものであって、移転の際の補償を求めないことまで約束した書面であるとみることはできない。

(四)  仲卸売場下屋について

原告らは、これにつき、千葉青果が過去において既に補償を得ていると主張するので、仲卸売場下屋建設の経緯について概観する。

《証拠省略》によれば、以下の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

(1) 昭和五〇年八月、千葉青果は、被告市と協議の上、その許可を得て、建設費一一一七万円を投じて旧市場内に青果部仲卸売場を建設した。

(2) 次いで、同年九月、右仲卸売場を利用する仲卸業者の団体である千葉青果卸売協同組合から、被告市の市長宛、仲卸売場前に、鉄骨造、波型スレート葺一五〇平方メートルの下屋を設置したいとの申請がなされ、同月二三日、被告市の市長の許可を得た。

右下屋の建築費は約一九〇万円であったが、千葉青果がそのうち一〇〇万円を負担し、その余は千葉青果卸売協同組合が負担した。

(3) その後、千葉青果が前記仲卸売場建物を自己所有に保存登記を了して被告市との間で問題となり、昭和五四年三月、右仲卸売場建物の所有権を千葉青果が放棄し、これに対し、千葉市は、建設費一一一七万円から経過年数の減価償却をした残存価額一〇一六万四七〇〇円を千葉青果に支払って補償するということで解決した。

右補償契約の補償物件の表示は、千葉市問屋町一番二八号、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建店舗二五一・一六平方メートルとされた。

(4) 本件支出のうち、廃棄損補償として、仲卸売場下屋は、千葉青果が昭和五〇年一〇月二三日二五万円で取得したものとして定額法で減価償却した残額二二万一八七五円が支出された。

(5) 本件支出と同時に、被告市は、千葉青果卸売協同組合に対し、仲卸売場下屋廃棄損として、取得日昭和五〇年九月二〇日、取得価格一七〇万円として減価償却を行った残額一五〇万八七五〇円を支出した。

以上の経緯において、昭和五四年三月の一〇一六万四七〇〇円の補償金が、本件下屋部分も含む建物を対象としていたか否かというのが論点である。

一般的に下屋なるものは、建物本体のひさし部分であって、建物の従物以上に一体性を有する一構成部分といわざるをえず、本件においても、前記認定(2)、《証拠省略》によれば、本件下屋は、一五〇平方メートルに及ぶかなりの規模のものではあるが、構築物としては、売場のひさしという評価以上に出るものではない。そうすると、原則としては、仲卸売場建物の所有権の帰属を千葉青果と被告市との間で合意した昭和五四年三月に、特段の事情のない限り本件下屋の所有権も被告市に帰属したということも考えられないではない。

しかしながら、補償については、前記認定(1)ないし(3)のとおり昭和五四年三月支出の補償金算定方法は、仲卸売場建物の建設費を基準に算出されており、そこには下屋部分の建設費は何ら考慮されていないのであって、千葉青果らが無償で下屋の所有権を放棄する等の事情のない限り、市場移転に際して、下屋の補償は未解決であったとして、これを清算することは、至極当然の理である。

証人田中信夫は、「昭和五四年三月の補償において、下屋も含んで解決済みと考えていた。」と証言し、甲第九四号証にも、かかる発言の記載がある。そして、同証人の証言及び甲第九四号証中の発言は、その前提として、「前記認定(2)の千葉青果からの一〇〇万円の支出をもって、下屋の所有権が全部千葉青果に移った。仲卸売場本体と下屋との所有権者である千葉青果と被告市との所有権交渉において補償金が支払われた。」というのであって、いわば当時千葉青果の代表者であった田中信夫において、本件下屋は被告市に所有権を取得させる意思であったかのようである。

ところで、前記認定(2)のように、千葉青果卸売協同組合が、下屋建築費約一九〇万円のうち九〇万円余を負担したことは事実であり、その清算をいかなる形にして千葉青果に所有権を帰属させたのかは前記田中信夫の証言では不分明のままであり、そうすると、下屋の完全な処分権限を千葉青果が得たという前記田中証言はにわかに信用することができない。

また、被告市に対する下屋の所有権放棄に関しても、証人田中は、その部分は無償の意思であったというのではなく、「被告市からの補償金が下屋部分も対象としていると思っていた。」というに止まるのであるから、本件下屋の千葉青果の持分を被告市に無償で放棄したり、贈与する意思であったとすることもできない。

以上をまとめると、本件にあっては、昭和五四年三月以前において、下屋の所有権についてその建築費出捐者である千葉青果と千葉青果卸売協同組合との間に何らかの合意が認められないから、いまだ、その出捐の割合でもって共有し、また、昭和五四年三月の被告市と千葉青果との合意では、千葉青果がその共有持分を無償で放棄したとも解することができないところである。

そうすると、証人安達幹男の、「(被告市としては、)本体は千葉青果のものであるが、下屋は共有であるとのことで、まず、本体だけ補償した。」との証言を信用して、昭和五四年三月の被告市からの補償金は、本件下屋を含まない仲卸売場本体に対するものであったと認めるのが相当である。それゆえ、原告らの当該主張は失当である。

(五)  工具、器具、備品及び機械について

(1) 原告らは、これらの動産のうち、石油ストーブ、クーラー、温風暖房器、分類機は、新市場移転当時全く使用不可能であり、サイバー防犯器は故障していた、と主張し、甲第九四号証には、「石油ストーブ、サンヨークーラー、温風機械はみな壊れており、使用不能であった。」との趣旨の発言の記載がある。

しかし、前記5冒頭に認定した事実、《証拠省略》によれば、右対象物件についてはいずれも調査のうえ、耐火年数を経過してはいるが、現実に使用可能との判断をして補償をしたことが認められ、これに反する証拠はない。

また、検証の結果によれば、石油ストーブは一応本来の使用に供する状態で設置されていたことが認められる。

これらの事情を考慮すると、前記甲第九四号証の記載はそのまま信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

原告らの主張のうち、分類機が使用不可能であったとの点、サイバー防犯器が故障していたとの点は、いずれもこれを認めるに足りる証拠がない。

(2) 原告らは、前記対象物件は、使用可能であるなら新市場においても使用可能であるから、移転すればよいというようである。

そこで検討するに、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

① 冷暖房設備、サンヨークーラー、温風暖房器及び冷房器については、いずれも、屋外器と室内器とを配管する設備が必要であるところ、新市場では、躯体に穴をあけることが禁止されており、配管が不能となるので、新市場では使用することができないと判断された。

② プレハブ冷蔵庫、サイバー防犯器については、いずれも移転のための経費が簿価以上の価額となり、サイバー防犯器は配管設備を必要とするところ、①記載と同様新市場では躯体に穴があけられないため使用できないと判断された。

③ 石油ストーブについては、煙突を屋外に出す構造であり、前記同様、新市場では躯体に穴をあけることが禁止されているため、煙突配管ができず、新市場では使用できないと判断された。

④ 分類機は、日報作成のための集計機であるところ、新市場においては、取扱う産地、数量、品目等が増加して現実に使用ができなくなるために、新市場では使用できないと判断された。

⑤ 看板は、被告市において、新市場での卸売業者三社の看板について規格を統一したため、不要と判断された。

⑥ 荷受ボックスは、搬出するためには、除却、解体しなければならず、そのため結局のところ廃材となるので、移転により使用不可能となると判断された。

⑦ バナナ加工室機械は、新市場内に移転設置する場所がなく、また移転するには移転経費が簿価以上となるため、移転により使用不可能と判断された。

右認定によれば、これらの対象物件は、いずれも新市場移転により使用不可能なものとなったと評価して差し支えない。

(3) 原告らは、そうとはいえ千葉青果において任意売却すれば足りるというが、被告市の施策としての新市場移転によって使用不可能な事態が生じたのであるから、被告市において廃棄損を評価して、その損失を補償し、被告市に所有権を移転したうえで、売却使用可能なものは被告市において処分するのが、行政手法としても妥当な方法として是認できるところであると考える。

そうすると、これらについて違法という原告らの主張も理由がない。

(六)  電算機リース解除補償について

前記三5の事実、《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を妨げるに足りる証拠はない。

千葉青果は、訴外住商リース株式会社からDEO S650M バースター一台、SR セパレーター 1803一台、メール・シーラー一台を、昭和五三年四月一日から、1か月のリース料七万円、リース期間六〇か月の約定で借り受けた。しかし、この機械では全国各地の出荷団体が利用している電算機との間でいわゆるオンライン化することが不可能であったため、千葉青果では電話あるいは郵便で産地との連絡をするという状況にあり、産地の出荷団体から千葉青果に対して電算機をオンライン化して欲しいとの要求が出されていた。このため千葉青果は、集荷の増加を図るため早急に電算機をオンライン化する必要があり、検討中であったところ、昭和五四年七月二六日の取締役会において、従来の電算機にMT処理機をつけると月にリース料に加え二〇万円の経費増となるため、新市場への移転を機会に、従来の電算機リース契約を解除し、東京中央青果株式会社と業務提携をして同社の電算機本体を利用すれば、経費は月に二〇万円と安く済むこともあって、これに対応する端末機を置くこととした。そこで住商リースとのリース契約で約定された損害金が算出され、被告市から、補償金の一内容として電算機リース解除補償が行われた。

右事実によれば、電算機リース契約の解除は、産地団体の要請に応じて集荷の増加を図るためになされたものであり、前記四4に判示したとおり、千葉青果が産地からの集荷の増加を図ることには公益上の必要性が認められるのであるから、電算機リース解除補償は、補助金として支出されたものと認めるのが相当である。また、電算機リース解除補償は、新市場への移転を機会になされたもので、旧電算機のリース期間が前記のとおり六〇か月(昭和五八年三月三一日まで)であることからすれば、その市場移転に伴う移転経費の補償という側面も認められるのであるから、その支出が前記三8に判示したとおり「補償補填及び賠償金」の節からなされても、違法ではないというべきである。

(七)  備品修繕料補償について

《証拠省略》によると、備品修繕料として補償されたものは、旧市場から新市場への移転に当たって、新市場の規模が旧市場より拡大したことによって必要となった備品等の改造費用であることが認められ、原告らがいうように、単に美観の点からの改装に過ぎないとはいえないので、これを移転についての損失補償の対象としたことも違法ではない。

6  手続違背の主張について

原告らは、補償金の支出については法九六条二項一二号に準じて議会の議決が必要であると主張する。しかし、法九六条は、普通地方公共団体の議会が議決すべき事件を制限的に列挙したものと解釈すべきである。また、法九六条一項一二号には、「法律上その義務に属する損害賠償の額を定めること」と規定されているところ、損害賠償と損失補償との間における法的性質の差異に照らせば、右の規定を「損失補償の額を定めること」についても準用すべきであると解するのは相当でない。

したがって、原告らの右の主張は採用できない。

7  補償額の決定について

原告らは、補償金の額は正常な取引価格を基準として定められるべきであるところ、本件にあっては千葉青果の資産台帳上の簿価が基準とされているので違法であると主張する。

前記三5、五5に判示したとおり、被告市は、補償金の額を決定するに当たって、千葉青果の資産台帳の記載に基づき取得価格と耐用年数を定めた上、減価償却資産の耐用年数等に関する省令に従い減価償却をして、その残存価格を算出し、その合計額をもって補償金の額と決定したものである。ところで、鑑定人千葉弥千雄の鑑定の結果によれば、取引価格を基準として補償対象物件の価格を評価する方法は、その根拠が買主の必要度などによって大きく左右されるため合理的なものということはできず、むしろ、取得価格を基準とし、定率法を用いた減価償却の方法による方が、物件の客観的価格を評価する方法としては合理性のある方法であると認めることができる。また、鑑定の結果によれば、バナナ加工室機械の評価額は、耐用年数を六年、償却率を〇・三一九として計算した場合、被告市が算出した評価額を下回ることが認められるが、《証拠省略》によれば、千葉青果は、この物件の耐用年数を八年と評価していたことを認めることができ、耐用年数を八年とすれば、定率法による償却率が〇・二五〇となり、《証拠省略》によれば、このように評価する方法も前記大蔵省令の解釈としては許されていることが認められるので、右のような差が出たことをもって被告市の評価を違法であるということはできない。

したがって、簿価を基準として補償対象物件を評価した被告市の評価の手法に違法な点はなかったというべきである。

六  本件支出の目的について

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を妨げるに足りる証拠はない。

(一)  千葉青果は、昭和五〇年度に七七四万七二四五円の損失を出し、昭和五一年度には一二四万七四六一円の利益を出したものの、昭和五二年度には五二五八万三一九八円、昭和五三年度には四七八一万六一四二円、昭和五四年度には三四九〇万六五五二円の各損失を出していた。

(二)  被告市は、中央卸売市場が市民生活に密着し、公益性の極めて強いものであったため、卸売業者の経営の安定を図り、産地に対する信用度を確保すべく、昭和三六年七月千葉青果に出資してその株主となり、昭和五八年三月三一日現在では発行済株式総数三二万株のうち、四万株を有する株主であって、被告市の収入役を順次千葉青果の監査役に就任させていたほか、中央卸売市場の開設者として、中央卸売市場長を通じて千葉青果の経営状況について報告を受け、取扱数量については月例報告を受けるなどして、その経営上の指導監督をしていた。

(三)  千葉青果は、昭和五〇年三月ころはその取扱高が、中央卸売市場の卸売業者としては全国でも最低であったため、新市場へ移転して旧来より高額の市場手数料を支払うためには取扱高の増加を図らなくてはならない状況にあった。そのため、千葉青果は、設備投資をしたり、産地対策として、産地の出荷団体から青果物販売委託の指定を増やすことなどに努めたが、それだけでは未だ十分でなく、昭和五三年四月には東京中央青果株式会社との間で技術提携をして、産地の出荷団体からの販売委託指定を増やし、取扱高の増加を図った結果、取扱高が昭和五三年度には九一億六一一二万七〇〇〇円、昭和五四年度には九六億七三二五万三〇〇〇円となり、昭和五二年度の七一億四七五二万三八六〇円に比較して約二〇億円増加するに至った。

しかしながら、この提携に伴い、役員が増えたことによる役員手当の増加、運搬費の増加、売上値引、雑損失の増加等によって、経費もまた急増した。そして、野菜価格の低迷、売れ残り品による損金の発生、引取運賃の増加等を主な原因として、昭和五四年六月末に、千葉青果では純資産が六六〇万円となって卸売市場法所定の純資産基準額二二〇〇万円を下回る事態となった。被告市は、この事実を同年七月に同社からの報告によって知り、純資産基準額への回復のために企業努力をするよう指導したが、同年九月末日には純資産額が六六四万円となって卸売市場法所定の純資産基準額を下回ってしまったため、そのころ農水省から経営改善に留意するようにとの改善命令を口頭で受けた。そのため、千葉青果は、改善計画を策定して、被告市にその計画書を提出し、被告市は、昭和五五年二月千葉青果の改善計画書に基づいて、その旨を農水省に報告した。その改善内容は、①資本金の増加 ②固定資産の売却による売却収入の獲得 ③取扱高の増加 ④諸経費の節減を骨子とし、昭和五五年九月末日までには純資産基準額を確保するように努めるというものであった。農水省は、同年三月一七日付けの書面で、千葉青果の策定に係る右の改善計画を了承した。

(四)  この改善計画に基づいて、千葉青果は、昭和五五年二月二六日増資に係る四〇〇〇万円の新株払込を受け、同月二七日その登記を完了した。また、千葉青果は、同月二〇日千葉市東寺山町所在の土地建物を四〇〇〇万円で売却し、仲介手数料七八〇万七一三一円を控除した三二一九万二八六九円を売却利益として同年三月二二日までに取得した。

(五)  そして、千葉青果は、同月二九日被告市から、本件支出に当たる入場交付金、補償金として合計三一九二万九六〇六円の支払を受けた。

その結果、昭和五五年三月三一日における千葉青果の純資産額は、三一〇四万五〇六四円となった。

2  前記三3、4で認定した事実及び前項で認定した事実によれば、被告市が千葉青果から卸売市場法所定の純資産基準額割れの事実について報告を受けた時期と、千葉青果が被告市に対して補償の請求をした時期とがほぼ一致し、被告市が千葉青果に対して補償の基本方針を決定した時期と、被告市が農水省から改善命令を受けた時期とがほぼ一致している。そして、卸売市場規則六条の規定によれば、千葉青果が農林水産大臣に対して純資産額を報告すべき期限は昭和五五年三月三一日であったところ、この直前である同年二月から三月にかけて、千葉青果が増資と固定資産の売却を行い、被告市が本件支出をして、同年三月三一日における千葉青果の純資産額が三一〇四万五〇六四円となった。

したがって、右のような事情に照らせば、本件支出は、千葉青果の純資産基準額を回復することを目的として行われたという側面を有するものであったと認めるのが相当であり、また、被告市は、千葉青果の株主及び千葉市中央卸売市場の開設者として、右のような目的の下に本件支出を行うものであることを知っていたものと推認することができる。

しかしながら、前項(三)ないし(五)に判示したとおり、本件支出は、いずれも千葉青果が新市場へ移転する上で必要なものであり、かつ、法律上の根拠を持つものであって、その主たる目的は新市場への移転のためになされたものというべきである。本件においては、千葉青果が新市場へ移転する時期と千葉青果が卸売市場法所定の純資産基準額を割った時期とがたまたま一致したために、新市場への移転に際して支払われた本件支出が卸売市場法所定の純資産基準額の回復のために利用されることになったものとみるのが相当であり、被告市が、前記のような目的を知りながら本件支出をしたのであっても、これをもって違法と評価することはできないものというべきである。

七  そうすると、原告らの被告市を除くその余の被告らに対する請求は、その他の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。また、原告らの被告市に対する請求も、法二四二条の二第七項所定の「訴訟を提起した者が勝訴した場合」との要件を充たしていないから、いまだ請求権を取得するに至っていないものというべきであり、理由がない。

よって、原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤一隆 裁判官 池本壽美子 小野洋一)

<以下省略>

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